2006年がもうすぐ終わる。
 皇帝がいないのは8月だよな?天使がいないのは確か12月でよかったはずだ。ま、どうでもいいか…
 でっかい爆弾が頭の上にイキナリ落っこちてきて、誰も気がつかないうちに全てがゲームオーバーになっちまったり、 このくそったれな世の中を何もかもリセットしてくれるなら、それも悪くないのかな?なんて脈絡もなく、 どこかのパンクバンドの歌詞のような事を考えてしまう一年の終わり。いや、別にやさぐれてるワケじゃないんだけどね。
 ただ、今日はとても寒かったからさ。
 そんだけだよ。ただそんだけ。
 夜がまた来る。北風に背中を丸めながら今日もオレはK月の暖簾をくぐる。
 たかが、ゆえに、されど…。くそったれで、されど、素晴らしきこの世界に今日は意味もなく乾杯しておこう。大丈夫だ。まだ笑える。


 誰かにいつもありがとう。オレは、今日も何とか生きてます。


        EPISODE 12 : されど、上を向いて歩こう


 遠藤るかとSMaRTが頑張っている。
 もともと5月の舞台限定のつもりで結成したSMaRT。5人のメンバーの頭文字をとってつけたグループ名だったが、 今は正確に言うとSMTになっている。aとRが抜けたからね。
 理由は『ただやる気がなくなったから。ダンスは好きだけど習い事だけでいいです』
 仕方ないと思う。正直にそう言われたら、オレは頭をガリガリかいて「そうか」って言う以外にないもんな。
 そんな色んな事がありつつ、現在は4人編成でライブなどに出演している。こいつらが実に不器用で手のかかる連中だ。 いいものを持ってるくせに本番に弱かったり、トークがワケわかんなくなっちゃったり、ホントに笑っちゃうくらいに どーしよーもない。だけど、ゆえに、されど…。
 アイドルライブの聖地・原宿ルイードでライブイベントに出演した。
 控え室やフロアーの壁に、色んなアーティストの落書きやサインがあって実に感慨深い。開場前の時間を、 そんな数々の落書きや壁に貼ってあるたくさんのポスターなどを見ながらふらふらと歩いていて、ふと足が止まった。 どこかのバンドのポスターの前だ。キャッチコピーがふるっている。『俺達は上を向かない。前を向いて歩いていくんだ』
 いいキャッチだね。でもさ


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 喜多村英梨が絶好調だ。
「おい、英梨!この前受けたオーディションの結果が出たぞ!」
「おぉ!どうでしたか?」
「決まりだよ。おいしい役だぞ〜」
「やったー!」
「これで来年の4月企画はレギュラー3本。一騎当千合わせたら4本だぜ」
「凄い凄い。売れっ子みたーい」
「でさ…」
「うん」
「この前の話なんだけど…」
「うん。あの…ごめんなさい」



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 村上東奈の自然体さ加減が素晴らしい。
「相談があるんですよ」
「何だ?」
「髪型を変えたいんですよ」
「どんな風に?」
「スパイラルパーマをかけたいんですよ」
「へ?」
「もうすぐ文化祭でダンスするんですよ。だから、スパイラルかけたいんですよ」
「は、東奈君。そ、そんな髪型だと…その…仕事とかオーディションとかがね…」
「う〜ん。仕方ないですね」
「仕方ないって、お前…」
「やりたい事をガマンしてたらストレスがたまると思うんですよね。それはよくないと思うんです。 だから、やりたい事はやりたいんですよ」
 こんな自然体のタレントは許されるのか?
「大丈夫ですよ。一回やらせてもらえたら満足するから。多分、一ヶ月もしないうちに元に戻すんじゃないかなぁ?」
「そうか…」
 オレは頭をガリガリとかきながら、そう言うしかないのだ。


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 英梨がうちの事務所を離れることになる。
 いつかは来ると思っていたし、予感はあった。あまりにも長い間一緒にやってきたからね。お互いに考えていることも、 悩んでいることも何となくわかってしまうんだ。小さい頃から才能があった。7才で初めて会った時から器用で天才肌な子だった。 複雑な家庭事情もあった。実に12年以上も頑張ってオレについてきた。他のタレントと違って深く関わり過ぎたんだと思う。 そして、それが子供の頃はよかったけど、高校生になったあたりから少しずつズレが生じてきた。
 うちの遠藤Pが言う。
『あなた達二人はあまりにも親子であり過ぎる。うまくいってる時は気が合っててイケイケなのに、くだらない事でケンカしてる時は 反抗期の娘と厳しい父親にしか見えない。それは事務所の代表とタレントとしては正しい姿ではない。』と。
 それは自覚していた。いつかは英梨が親離れして、オレが子離れしなくちゃいけない日が来ることだってちゃんと わかっていた。それがお互いの為には一番いいのかなってことだってだ。オレの方から言い出せなかったのはオレが子離れできてなかったから。
 もう少しだけ、並んで一緒に夢を見ていたかったから。
「ごめんなさい。ずっとお世話になってきて、ずっと一緒にやっていきたかったんですけど…」
 決心するまではこいつの事だ。かなり悩んで、苦しんだに違いない。
 それがわかるだけに、オレは頭をガリガリかいて「そうか」って言うしかないんだろう。
「しっかし、まいったよな〜。こういう時に限って仕事がビシバシ決まりやがるんだよな」
「ホント、困っちゃいますよね〜」
「な〜」
 笑う。オレ達はいつもよりも少しだけ多く笑う。
 最終回だ。
 長く、本当に長く続いてきた英梨との物語も今日でおしまい。
「じゃ、スタジオ入るか」
「ハイです」
 12月27日。最後まで普段通りに笑って、仕事して終わるってのが暗黙の了解。
 泣ける台詞も言わない。泣けるエンディングテーマも流れてこない。街の師走の雑踏の中で。
 最後まで普段通りに頑張って、一緒に仕事して、別れ際には思わず…


「また明日」って間違えて言っちゃうくらいに


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「だからー、お節料理の栗きんとんは栗はいらないって思うの。思わない?」
「僕はお節は嫌いなの。だって野菜とかばっかでお肉入ってないじゃん」
「だからー、智美は好き嫌い多すぎ。で、栗きんとんのね…ちょっと美沙、聞いてる?」
「あー、うん。お正月は福袋だよね」
 ライブが終わった帰り道。
 SMaRT3人を乗っけて国道20号を走っている。
 後ろの座席からくだらない会話が聞こえてくる。聞きたいワケじゃないが、勝手に聞こえてくるんだから仕方がない。
「で、お母さんがね、今年は栗きんとん作らないかもしれないって言ってて…ちょっと美沙、聞いてる?」
「…んぁ〜」
「うっわ、美沙もう寝てるじゃん」
 不思議な事に、後部座席のくだらない会話をBGMに走るドライブもなかなか悪くない。
「あっ!月キレイ」
「ホントだ!キレイ!キレイ!」
「うぅぅ〜、寒いぃ〜」
 窓を開けて空を見ながら、はしゃいでいる声が車内に響く。
 月は半月。
 こうして見上げる月も悪くないもんだな。


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 2007年正月。
 当てもなく車を走らせていると、やっぱり海に来てしまった。
 車を停めてエンジンはかけたまま外に出る。
 波の音を聞きながら、タバコに火を点けて車にもたれかかる。
 カーオーディオからは4.p.m.のカバーする『SUKIYAKI』が流れている。
 ふと、ルイードで見たポスターを思い出す。
 俺達は上を向かない。前を向いて歩いていくってね。いや、いいキャッチだよ。でもさ…
 オレは多分、これからも上を向いて歩いていくんだろう。
 まっすぐに前を向いて歩くのが、一番いい歩き方だってこと位わかってるよ。前を向いてないと自分がどこに進んでるかさえ わからない。足下の石につまずく危険だってあるもんな。それでも上を向くのは、それしか選べなかったからだ。
 るかやSMaRTの事を言えやしない。不器用なのはオレの方が筋金入りだ。それでも上を向いて歩いていくんだ。 上を向いて、月や星や空や雲を見ながら、行く先に何が待っているのかもわからないけど。 涙がこぼれないように上を向いて。


 目を閉じる。波の音だけが聞こえる。