「よぉ、久しぶりだな」
「あぁ、久しぶりだ」
 高校時代にいつもつるんでたバカと久しぶりに会う。
 こいつは卒業後、しばらく行方不明だったが、何年かして再会した時には初代タイガーマスクの佐山サトルさんと共に シューティングという格闘技を立上げて、なんとライトヘビー級チャンピオンになっていた。
「いや〜、格闘家ってのはクレバーでストイックな奴が多いもんだが、こいつはな〜バカだ。実にバカでスケベだ。しかし強い。 うちの団体ではオレの次に強いぞ〜」
 後楽園ホールの控え室で佐山さんがそう言って豪快に笑っていたのを今でも覚えている。
 うん。本当にバカでスケベで強いんだよ。高校時代からそうだった。でもこいつの明るさにはずいぶん救われたし、 なんだかんだでウマがあってずっとつるんでたな。
「で、お前は今何やってるの?」
「ああ、シューティングは協会で副会長やりながら後進の育成ってやつだ。でも、そんだけじゃ食えないから保険関係の トラブルバスターっていうの?そういうのもやってる」
「・・つ、つまりそれはマスターキートンみたいなもんか?」
「うーん。ちょっと違うがそんな感じだ。トラブルが多くて大変だよ」
 お前、一体何やってんだよ?


        EPISODE 9 : 坂の上の満月


 U−15市場って言葉がある。
 正直そこまで大きなマーケットではない。でもうちみたいにその年代の女の子を抱えている事務所としては、 ビジネス的に避けては通れないマーケットだ。
「でもさ・・」
「はい」
「U−15の写真集やDVDって内容はほぼ同じなんだよ。制服とブルマーとスクール水着が三種の神器で、 基本は南の島でニコパチ。同時にビデオ回して、メイキング映像くっつけて、一丁上がりってなもんだ」
「はぁ」
 昼下がり。今日は北乃君を相手にオープンカフェで茶を飲みながらの打ち合わせ。
「出版社やモデルやカメラマンが変わっても内容はほぼ一緒。『こういうの作っときゃ買うでしょ』って考えも丸見え。 でもさ、これってつまらないと思わない?」
「そうスね」
「きっと制作サイドは『こうでなければ売れない』そう考えているんだと思う。でもさ、とは言っても売れた作品と 言われるものだって、そんなに部数はけてるわけじゃないんだぜ。それにU−15ファンは年齢層高めなんだ。 20代・30代が中心。だから意外と目が肥えてて侮れない。制作サイドの考えを見透かした上で、あえてのってる 人も少なくはない。だからさ」
「だから?」
「一発かましてみたいと思わない?作った自分達が『これはイイよ。スゴイよ』って言えるよーな作品作ってみたいと思わない?」
「いいスね」
 バカだね。
「水着も体操服もブルマーも一切なし。でも演出的に効果的なら制服はアリ。終末を感じさせる風景に女の子。 ほとんど笑顔なし。さらにほとんどのカットがモノクロかセピアカラー。作り込まれた世界観とストーリーを感じさせる写真集。 そんな売れそうもないけど自分達が買いたいと思えるような写真集作ってみねぇ?こーゆーの見たかったんですよって 買った客が言うようなやつ作ってみねぇ?」
「いいっスね!」
 本当にバカだね。無難に可愛い女の子でニコパチの水着写真集作っときゃ、ちゃんとある程度の利益は見込めるのにね。
 でも、こーゆーバカなとこをなくしたらオレ達はきっと終わりなんだろうと思う。
「心の中のやらかい部分をズブリとえぐってやろうぜ?」



 うん。まだ終わるわけにゃいかねーからな。


                    ●                       ●


 まだ始まってもいねーのに狭いライブハウスはすでに満杯で、人いきれで熱気がこもってムンムンしていた。 カウンターで北乃君が差し出すコークを一気にあおって息をつく。
 今日は英梨がメンバーとして参加している若手声優によるヴォーカルユニット『V.S UNION』の初ライブの日なのだ。 とは言ってもゲストとして数曲歌うだけなのだが、英梨が人前で歌うのはかなり久しぶりになる。
 最初のゲストに続いてV.Sは二番目の登場だ。満員のお客さんの拍手と声援に包まれて英梨とメンバー達が歌う。 ずいぶんと楽しそうに歌うじゃないか。歌う事を本当に楽しむように歌っているステージの英梨を見ていたら涙が 出そうになってきた。いろんな事があって、ほんとうにいろんな事を乗り越えてここまできた。 去年の11月に一回活動を休止して、そして初めてどんなに自分にとって歌や声優やアニメやマンガが大切だったかがわかって、 悩んで苦しんで、そして戻ってきた。「まだ伝えたい事があります。やりたい事もたくさんあります」 そう言って自分から戻ってきた。また歩き出した。
 思い出していた。
 本当にただ楽しくて仕事をやっていた子供の頃の英梨の笑顔。今日の英梨はあの頃の笑顔と同じじゃないか。 もう大丈夫。もう大丈夫だ。
 これからが大変なんだろうけど、絶対うまくいくような高揚感。
 まいったな。やっぱオレ達いけるんじゃねぇ?


                    ●                       ●


「お久しぶりです」
「あぁ、久しぶりだな」
 思い出していた。
 ライブの何日か前に映画のオーディションがあって、そこで昔オレが大手系列の芸能プロダクションでマネージャーやってた時の後輩に会った。
「あ、今はここでやってます」
 渡された名刺を見ると、大手芸能プロの名刺で肩書きは取締役だった。思わず口笛が出る。
「やるね」
「○○とか●●のチーフマネージャーやってます。大変ですよ」
 二人とも映画やドラマで引っ張りだこの売れっ子タレントだ。
「ホント、大変ですよ」
 ベンチに腰掛けたそいつは小さくため息を漏らす。
「お前、痩せたんじゃないの?」
 以前会った時より確実に痩せてる気がした。
「大丈夫ですよ。そういえばヒロセさんは独立して自分で事務所立ち上げたんですよね?噂は聞いてますよ」
「まあな」
 大手プロでバリバリやっててTHE芸能界の本流にいるお前とは違って、オレ達なんて芸能界のすみっこで好き勝手やってる 独立愚連隊だ。気にする程のもんじゃねぇよ。
 ベンチに深々と腰を下ろしたまま、そいつはこう言った。
「ヒロセさんは変わってないですね。いつも楽しそうで羨ましいです」
 皮肉か?いや、違うな。実は結構マジだろ?
「無理すんなよ」
「大丈夫ですよ。最近ちょっと風邪気味だから調子悪いだけですよ」
 大手にいたり売れっ子を担当してると、ずいぶんとしがらみが多い。会社内部もそうだし、大手プロ同士の横のつながりや TV局や制作会社や広告代理店と数え上げればキリがない。オレはそういうのがどうにも苦手で、宮仕えも性に合わなくて飛び出しちまった クチだけど、こいつは色んなしがらみにがらんじめになりながらも頑張ってるんだろうな。
「まだまだこれからですよ。やっとやりたい事がやれる立場になってきましたからね」
「そうか。頑張れよ」
 でも、無理すんなよ。


                    ●                       ●


 ライブも打ち上げも無事終わって、メンバーと関係者はみんな渋谷駅で解散した。先程までパラパラ降っていた雨も すっかり上がっている。オレは携帯で何件か仕事関係の電話を入れた後、駅の近くに停めてあったスクーターで帰路につく事にする。
 走りながらライブの事を思い出すと、思わず笑みがこぼれそうになる。しばらく走って信号待ちの合間に煙草を取り出し火を点けた時の事だった。
「あれ?」
 英梨がいた。
 隣の歩道をビニール袋ぶらさげて歩いていた。
「あ」
 向こうもオレに気付いて立ち止まる。
「そっか。お前ん家この近くだもんな」
「え?あ、はい。今日はお疲れ様でした。あっ!これですか?これはですね、頑張った自分への御褒美というやつでして・・」
 アタフタしながらビニール袋の中の少コミを見せる。
「いや、見せなくていいから」
「あ、はぃ」
「今日はお疲れ」
「はい」
「もう、大丈夫だな」
「はい!」
 信号が青に変わる。青は『進め』だ。
 走り出す。思わず笑みがこぼれてしまう。
 まだ17歳だ。17歳でこんだけ歌えて声優としての演技の幅がセンスがある子が他のどこにいる? そいつが本当にやりたくて自分から帰ってきたんだ。別に売れっ子になろうだなんて思わない。 でも必ずいい仕事をさせてやる。最高の舞台を用意してやる。絶対誰にも負けるもんか。アクセルをまわす。 雨上がりの夜空には満月が輝いている。
 一回ダメになって辞めた奴がそう簡単にまたすぐうまくいくもんか。うるさい。オレが絶対ミラクルを起こしてやる。 起こらないから奇跡っていうんですよ?ええい、うるさい、うるさい。オレについてくりゃみんな幸せになれるんだよ! ただの予感だ。でもステージでの英梨の笑顔を見てから、すべてがいい方向に向かいそうな気がしてるんだ。
 でっかい満月がオレの進む道を照らしている。道は坂道となり、まるでオレは月に向かって走っているかのようだ。 予感。必ずうまくいく。進め。オレは月に向かって走る。
 坂の上に満月。